軽井沢便り:クラシック・ギタリスト斎藤明子のブログ「軽井沢便り」

軽井沢便り

美しい切りかす!?

2011.Sep.30
カテゴリー: 日々の出来事

今日はフィックスアップ表参道の宮崎陽平さんに髪を切っていただきました。

私は幼い頃から、何故か切り落とされる方の髪に異様に執着心があるのです。
美容院に行くときにはかならず袋を持参し、切り落とされた髪を手でかき集めて家にもって帰っていたほどです。

宮崎さんにはじめて切っていただいたとき、何かとても心にひっかかったものがありました。それは切りかすでした。
これまで見てきたものと全く違う質感だったからです。

切りかすなのにもかかわらず、何とも軽やかで立体的なのです。
考えてみれば、ヘアスタイルが美しい立体であればあるほど、その反対側に形成される切りかすもまた美しい立体になるのかも、とひとり納得。

以来毎回ヘアスタイルを楽しむとともに(もしかしたらそれ以上に......)、これまで見たこともない美しい切りかすを楽しんでいます!

ホームコンサートの醍醐味

2011.Sep.27
カテゴリー: 音楽について

今日は、LMCというマンドリンオーケストラのメンバーの方々にお聴きいただくため、ホームコンサートで演奏しました。

普通のコンサートとは違う、お客様との密接な距離感が、演奏する側にとっても非常に楽しいものです。

また今日はお客様みなさんが音楽を熱心に勉強されている方々ばかりでしたので、トークもかなり内容濃く、盛り上がりました。

休憩のティータイムでは、演奏用ドレスの素材や構造について、たっぷりとご覧いただくこともできました。


何よりも、理解あるお客様に見守られ、こちらも色々と新しい表現方法に思い切ってチャレンジできるのがありがたいことです。

こうして奏者はお客様に育てていただくのです。

2011.Sep.25
カテゴリー: 音楽について

ヤマブドウ台風が去って、森に秋の香りが。季節が一変しました。
あわてて長袖やセーターを出して着用。
そして散歩に出かけました。

歩きながら、来週のコンサートで演奏する、クラシックギターの定番レパートリー「アルハンブラ宮殿の想い出」や「朱色の塔」を頭の中で爆破&再構築しました。

なめらかに流して歌っていくやり方を追求してきましたが、やはり限界を感じます。
次第に自分でも飽きてくる、または歌いすぎて気分が悪くなるなど起こるわけです。

この秋、森を歩きながら、もう少し自分と距離が持てるような表現方法を見つけていきたいです。

音量差があれど...

2011.Sep.23
カテゴリー: 音楽について

110923_cypress.jpg今日はホテルサイプレス軽井沢でクラリネットの小平真司さんとの演奏でした。クラリネットはギターに比べかなり音量がありますが、最近あえてPAを使わず伴奏しています。音楽的にお互いが納得のいく状況になっているときは、どんなに音量の差があってもしっかり聞こえるので不思議です。

大嶋義実さんの勉強会

2011.Sep.20
カテゴリー: 音楽について

今日はフルーティスト大嶋義実さんを、大賀ホール演奏者ラウンジにお招きしての勉強会vol.4。

18世紀に行われていたであろう演奏スタイルを、モダン楽器で追求しています。
受講する楽器は、ギター、マリンバ、クラリネット、ヴァイオリンと様々です。
どの楽器でもそのメリット、デメリットを考え、形になるように試行錯誤。

曲はバッハの無伴奏や、モーツァルトのデュオ、クァルテットをやりました。

これまでに自分の中で何となく出来てしまった「こう弾かなければならない」という既成概念をどんどんぶち壊して、柔軟な思考を持てるよう、「もっとやれる、もっとできる」と助けていただきます。

勉強会の4時間の間に、新しい世界が次々と開けてきました。

ヌゥイ@軽井沢

2011.Sep.19
カテゴリー: 軽井沢便り

ごんざ今日は、20年以上にわたってステージ用のドレスをお願いしてきたヌゥイの、軽井沢でのトランクショーの会場の下見をしました。

私を中心に、音楽とドレスがどんな風に生まれてきたか。
結構ドラマがあります。

この秋冬のヌゥイの新作をご覧いただくとともに、演奏とトークで、ドレスが生まれるまでをお楽しみいただける会を企画中です。

稽古

2011.Sep.17
カテゴリー: 音楽について

グルッポ・エマセネポー今日はグルッポ・エマセネポーの公演の、音楽部分の練習をしました。
メンバー全員でただいま研究中なのは、不均一な状態こそ美しいとされていた、18世紀の感覚です。
その奏法でグノーのアベマリアなどをやってみました。
ひとつひとつの音に全て違う情報をのせていこうと、脳はフル回転です。
そうやって作った美しさを全員で共有できるまでの試行錯誤の3時間。充実!

初稽古

2011.Sep.14
カテゴリー: 音楽について

エマポー初稽古今日はグルッポ・エマセネポーの初稽古でした。
クラシックの演奏家と、ワークショップ・エンターテイナーのユニットです。
音楽が持つ色々なエネルギーの在り方を、わかりやすくショー形式で舞台にしようという試みを始めたばかりです。

何度もミーティングを重ね、表現方法を試行錯誤し、いよいよショーの部分の稽古に入りました。

何でも誇張してやらなければならないので、これはよい勉強になります。
特に笑いをとるための芝居は、実際に自分でやってみるとものすごい集中力が必要で、メンバーが次々を「緊張する!」を連発。

さあ、どんなショーに仕上がるでしょうか!

制作現場

2011.Sep.12
カテゴリー: 音楽について

葡萄これはイラストレーターである父、斎藤融の新しい作品です。前述の著作の出版にあわせて、また新しいスタイルをつくりだしました。墨を多用し絵手紙風なんだけれども、どこかヨーロピアンな香りです。

下書きから完成するまで、父はただ淡々と穏やかに作業をすすめるだけなのです。でも私にとっては、目に見えないある一点を見据えて、ひとつひとつを決断しかきすすめていく時間は、本当にスリリングです。

何かを形作るという意味では同じことをやっている私には、毎日のようにこうした瞬間にたちあえることは喜びであり、大きな財産でもあります。

私が感激しているところに、グサグサとダメを出していくのは、アートとはまるで縁のない母です。
ここがこうだからダメ、もっとこうしなきゃダメと、どんどん具体的な指示を平気で出します。そして父は母が納得するまで努力するのです。

恐るべき母です。

母のダメ出しは当然私にも及びます。
今日もバッハをさらっていると
午前中は「なんだそれ!」を連呼。
しかし夜には同じ曲をひいているのにもかかわらず「朝のはダメだけど、その曲はいいねえ」と言わせるまでに!

Body Tectスタジオ軽井沢

2011.Sep.10
カテゴリー: 軽井沢便り

bodytect今日はコラムを連載している軽井沢ニュース10月号のための取材で、Body Tectスタジオ軽井沢の荻山悟史さんにお話を伺いました。

ここでは筋肉トレーニング、整体、ヨガ、ピラティスなどを通し、自分自身の身体への理解を深め、精神的な部分まで含め、本来持っている能力を最大限引き出すためのプログラムを提供してもらえます。

筋肉は各部分ごとにトレーニングをするだけではかえって全体のバランスは崩れてしまうのだそうです。むしろ体中の筋肉を上手につないで使うことを覚え、流れを生み出すことが大切。それが、血液の流れ、リンパの流れ、さらには気の流れまでも高める結果となります。

なるほど。そしてここから先が更にすごかった。

自分が良い状態であるということは、そのとき自分が相手にしているもの、たとえば私だったら音楽も自然と良い状態になる。そういった自分と相手の状態の連鎖に敏感になれない人は、一流にはなれない。と、まさに納得。

お話を終えて車中で一人になったとき、来たときよりも元気な気分になっていた自分に気付きました。その理由を考えて、さらに納得。

荻山さんは、お寺でもそう見れないような完璧な「平常心」を保っていらしたのです。自分の心に動きがあれば、それは善かれ悪しかれ相手の心をかき回してしまう。逆に荻山さんにとってのご自身の良い状態は平常心なのであり、それは相手にも必ず良い状態を及ぼす。

人を元気にさせる仕事とはこういうことを意味するのだと、深く理解しました。

黒あずき

2011.Sep.09
カテゴリー: 軽井沢便り

うちでとれた黒あずきです。干して、殻から豆を出しました。半分に割ると、豆がひとつおきに左右にわかれるのです。不思議です。
ほとんど全部あんこやおしるこになります。

グルッポ・エマセネポーのミーティング

2011.Sep.08
カテゴリー: 音楽について

グルッポ・エマセネポー ミーティング今日はグルッポ・エマセネポーのミーティングでした。
軽井沢周辺に住むクラシックの演奏家と、軽井沢在住のワークショップ・エンターテイナー、なおやマンとしま:アイのユニットです。
ワークショップ形式で、音楽の持つものをよりわかりやすい形で伝えてみようと画策中。
「音とは何ぞや」「音楽とは何ぞや」といった内容の非常に深いディスカッションが数時間にわたって繰り広げられる、とっても厳しいミーティング。10月13日に行うはじめての出し物が、少しずつ形になっていきます。

「前略。農家、はじめました。」

2011.Sep.08
カテゴリー: お知らせ

前略。農家、はじめました。イラストレーターである父、斎藤融が、母と共同執筆で本を出しました。ゴルフダイジェスト社から「前略。農家、はじめました」というタイトルで発売されました。
農家といっても、ほんの少し自給的生活がおくれるようになった状態です。
父はイラストレーターの草分けとして、東京でいわゆるカタカナ業界の先頭を切って、流行を生み出してきました。次々と外車を乗り回し、誰よりも美しくスーツを着こなしていた父が、今は軽トラが命です。
母は登山が趣味でしたが、土を触りだしたとたん、山に行く必要がなくなってしまいました。
そんな二人が、土の中に何を見たのか。
お読みいただければうれしいです。

ヘアカタログのモデルに

2011.Sep.06
カテゴリー: 日々の出来事

宮崎陽平今日はヘアカタログのモデル、という初めての体験をしてきました。
FIX-UP表参道の宮崎陽平さんの作品の撮影です。

宮崎さんの美容師としての在り方は、野球でいえばイチローのようです。選手として優れているのはもちろんですが、常に野球というものの更に向こう側を見据えているように感じます。そこから紡ぎだされる技術やプレーは、野球を全く知らない私でも美しさに感動します。

宮崎さんも同じです。ヘアスタイル、メイク等の表面的な仕上がりを考えるのは当たり前ですが、そこにとらわれることなく「美」そのものについて深く考え、そこから視点がぶれることがありません。そして考えだされた技術は、カットはもちろん、シャンプーに至るまで一定の理論で貫かれ、美しいの一言につきます。(もちろん、できあがりも美しいです。)

技術そのものの美しさを堪能したあとは、いざ撮影現場へ。宮崎さんは楽しげに振る舞いつつもさらに深く集中していきます。
そして終盤に近づき、セットでスタンバイしている私の髪の1本1本を入念に手直ししていると、その真剣さに、緩みがちだった現場の空気は急速に引き締まり、エディターサイドから思わず「かっこいいー!」と声が上がり始めました。

宮崎さんの深い思いが、エネルギーとなって一気に外に溢れ出た、素晴らしい一瞬でした。

室内楽

2011.Sep.05
カテゴリー: 音楽について

ムージカ・エマセネポー今日はムージカ・エマセネポーのメンバーで室内楽の勉強会をみっちり4時間がんばりました。

楽器は、クラリネット、フルート、ヴァイオリン、ギターです。
サン=サーンスのクラリネットのためのソナタと、モーツァルトのフルートクアルテットをやりました。

「合わせる」ということをしようとすると、まずは同時に鳴るべき音が同時に出せるかどうかにとらわれがちです。でも実際は、音楽の表現方法が同じ路線に乗っている場合、音が出ていない部分で何かを共有できたとき、「合った」という感触を得るものです。今日はそんな瞬間をたくさん作ることができ、楽しかったです。

デザイナー、島田佳幸さんを囲んで

2011.Sep.03
カテゴリー: 軽井沢便り

nui鎌倉にアトリエを持つヌゥイの島田佳幸さんが、作品や、これから仕立てられる生地を持って軽井沢にやってきました。カラフルなフェルトを波のようにつないだもの、マレットの刺繍、ニットのレースなどなど、生地だけでもすでに作品と呼べるような、存在感たっぷりの素材たち。わくわくします。
それが島田さん独自の技法で「服」という形になったとき、その心地よい緊張感は着る人の気持ちをグッと高めてくれます。体が服を着ると同時に「心も装う」のです。
目に見えるものを使い、目に見えないものをデザインする力こそ、島田さんの凄いところです。

音のはじまり

2011.Sep.02
カテゴリー: 音楽について

台風で落ちてしまった栗今日は9月27日の東京でのクローズドのコンサートのプログラムをさらいました。
"魔笛の主題による変奏曲""ハンガリー幻想曲"など、クラシックギターの定番レパートリーです。こだわっているのは、音がはじまる瞬間です。「小節」というものの意味を考えながら、音のたちあがりに次々不揃いな情報をのせていきます。ちょっと気を許すと、いつのまにか同じような音の羅列になってしまいます。うまくいくと、とても立体的で動きのある形が生まれます。
今日は台風の森のざわめきがお手本です。

尊敬する先生

2011.Sep.01
カテゴリー: 日々の出来事

今日は私が大きな影響を受けた方と突然お話しできる機会に恵まれました。
学校の先生をされています。
私が音楽を使って実現したいと思っていた世界を、生徒たちとの日々の生活の中であまりにもはっきりと作ってしまう。愕然としました。そういうことは芸術という分野でしかできないことだと思っていたからです。
学校ではやるべきことが山のようにあり、とかくその表面的な結果が求められがちです。しかし先生はやることが何であれ、そのときどれだけ自分と真剣に向き合えるかを求めます。
その積み重ねが、物事の表面にとらわれず、その本質に気付くきっかけをつくります。
先生とお話しするたびに、そんな生き方から外れてはいけないと、強く思えるのです。