軽井沢便り:クラシック・ギタリスト斎藤明子のブログ「軽井沢便り」

軽井沢便り

紫の霧

2011.Nov.28
カテゴリー: 軽井沢便り

111128_murasakisikibu.jpg森ではムラサキシキブの実が盛りです。
一粒一粒がキラキラして、とても魅力的です。
群生しているので、遠くから見ると、紫色の薄い霧のよう。
幻想的です。

たくあん

2011.Nov.25
カテゴリー: 軽井沢便り

たくあん今年たくさんとれた大根でたくあんを仕込みました。
ヌカと塩は購入したものを使用。
ザラメをほんの少しと、渋柿の皮を入れました。
うちの唐辛子もいれました。
だいたい1ヶ月で完成です。

自分で管理する自分の脳

2011.Nov.24
カテゴリー: 日々の出来事

グリーン・ヒルズ斬新な教育現場の視察に行きました。グリーン・ヒルズ小、中学校です。子どもたちの個性と人間性を尊重し、自分で考え、自分で学び、自分の人生を自ら選び取る自立した人を育てる学校です。

校長の酒井義史先生が、この学校ではこどもが自分の脳を人に預けたりせず、自分で管理するのだ、といった内容のお話をされました。
脳を自分で管理する生徒の研究発表は非常に刺激的でした。
「食品の安全性について」というテーマでしたが、その裏に「ある食品を生活になくてはならない商品にまでおしあげ、販売したい、という見えない力に、脳を支配されてしまう恐怖」を語っていました。TPPについても、そういった視点からの問題を指摘していました。

参加者から「危険性を語る本だけでなく、正当性を語る本もあるよね」と。
それに対し「そういう本はだいたいインチキなんすよ」と即答。

世の中、嘘で塗り固められている。本物か偽物かは、すでに個人レベルで証明することが不可能な状況まで来ている。そうなれば、自分自身のアンテナを磨き、信じて判断するしかない、というとてつもなく強い覚悟が感じられました。

そしてその、何が正しいかを常に深く探し求めるアンテナは、学校中に張り巡らされています。

そこで学校外の人間が、少しでも「こどもたちを育てよう、伸ばしてやろう、何かしてやろう」という考えを抱けば、そのエゴイスティックな浅はかさがたちまち露呈してしまうという、ある意味非常に恐ろしい場所でした。

勉強会

2011.Nov.22
カテゴリー: 音楽について

2011.11.21_style.jpg今日は、尊敬するフルーティスト、大嶋義実さんを囲んでのムージカ・エマセネポーの勉強会でした。
「人工的に均一な状態に整えた様相よりも、自然のままに不揃いな様相の中にこそ、本当の美しさがあるのでは」
という考えのもとに試行錯誤しています。
不揃いな状態を作ることも苦労しますが、なにより難しいのはそれらを「自然」という名のもとに貫かれた、一つの軸の上に構成することです。それができないと、ただのバラバラな状態になってしまうからです。
解決策を見つけるため、ヘアメイクアーティスト、宮崎陽平さんの作品を研究しました。
複数のテクスチャーを一つの世界に感じさせるには、それらがどうしようもなく引きつけられてしまう強靭な引力を持つ軸を意識しなければいけないことがわかりました。
それを勉強会で音にしてみたとき、確かな手応えを感じました。
さらに磨きをかけていきたいと思います。

冬支度

2011.Nov.18
カテゴリー: 軽井沢便り

110913_budou.jpg私がクリスマスコンサートの曲のアレンジをしている横で、父(イラストレーター)は雑誌の表紙になるカラフルなクリスマスツリーの絵を仕上げています。

いよいよ冬です。

この、冬を過ごす緊張感は、都会では感じたことのない感覚でした。
ただの寒さから来る緊張感だけではありません。
まず食べ物がとれない季節、という緊張感があります。母は切り干し大根や干し芋などの保存食の作製に追われています。
そして雪です。車の時代とはいえ、スノータイヤに履き替えたり、履き替えても滑ったり、見えない側溝に落ちないように注意が必要です。
水道管が凍ってしまうかも、という心配もあります。
生活の中にたくさんの危機感が割り込んできます。
そんなスリリングな冬が、長く長く続くのが軽井沢です。

浅間山も初冠雪。このあたりでは昔から浅間が3回白くなったら里にも雪が降ると言われています。
冬支度のはじまりです。

人が読む私の文章

2011.Nov.15
カテゴリー: 音楽について

私は演奏の仕事に付随して、ときどき文章を書く仕事もしています。
演奏家として、斎藤明子として、何をどう見たか、といった内容のものを求められます。

先日、その私が書いた文章をある男性が人前で読んで聞かせる場面に立ちあいました。

心に染み入るような、そっとささやくような、穏やかな口調。
自分で書いたはずなのに、まるでその人の体験や考えを聞いているような錯覚に陥るほど、印象的な朗読でした。

私はなにをするときでもフルスロットルなので、その文章も、私の頭のなかではシャウトに近い状態で鳴り響いているのです。もし自分で読むのだとしたら、やはり大声を張り上げていたでしょう。でもそれだけでは伝わらないものがあることを知りました。

大袈裟な表情でなくても、伝わるものは伝わる。
要はその人がなにを伝えたいか、それがはっきりしているかどうかだとわかりました。
音楽にもいかしていきたい経験でした。

ギルバート・グレイプ

2011.Nov.14
カテゴリー: 日々の出来事

ギルバート・グレイプ映画「ギルバート・グレイプ」を見ました。ジョニー・デップ主演。ディカプリオがハンディキャップを持つ弟を演じています。弟以外にも主人公に関わる多くの人が、うまく社会に適応できず、それぞれがそれぞれに決断し、人生を歩んでいきます。主人公もある女性がきっかけで自分自身の気付かなかった問題に向き合うことに。ラストでそれを乗り越え大きな一歩を踏み出すシーンには胸を打たれました。
自分の本当の姿を探す勇気がでる映画でした。

心をひとつに

2011.Nov.13
カテゴリー: 日々の出来事

とても不思議な経験をしました。

人が集団になるとき、よく「心をひとつに!」と言います。しかし本当に心をひとつにした集団なんて、世の中に存在するのでしょうか。私はそんなことあるわけないと思っていました。
ところが数年前、本当に心をひとつにした集団に出会ったのです。

強烈でした。

私は霊感もなにもないのに、その集団を大きくひとつに包み込む、ピンク色の空気をこの目で見たのです。
ぎょっとしました。
それと同時に、そのあまりの美しさに大きな感動を覚えました。
でもあまりにも特殊な体験だったので、誰にも話さずにいました。

つい先日、この心をひとつにした集団が今にも壊れてしまいそうだと聞きました。私はもう夢中で手紙を書き、自分が見たピンク色の空気のこと、そしてそれが本当に美しくかけがえのないものに感じたことを伝えました。
どうせ信じてはもらえないだろうと思いましたが、とにかくその集団にずっと心をひとつにしていてもらいたい一心でした。

そして私は昨日その集団に招かれました。なんと!彼らはそこで「ピンク色の空気とは何なのか」というテーマ話し合いをしていたのです。答の出ない話し合いです。

私は、自分のこの上なく非現実的な体験をあたりまえのように受け止め、それについて真剣に話し合う集団を見ながら、もうそれが夢なのか現実なのか、ほとんどわからなくなってしまいました。
ピンク色の空気も、それを取り戻そうとする彼らの姿も、奇跡としか言いようがないように思えました。
心をひとつに!なんて言葉で言うことは簡単ですが、そこに本当に到達する厳しさは、私にはとてもはかりしれないと思いました。

柿簾

2011.Nov.12
カテゴリー: 軽井沢便り

111111_kaki.jpg私のデスクの窓の外に素敵な柿のカーテンができました。
柿簾というのだそうです。
渋柿を試しにほんのすこしなめたら、ほんとにほんとに渋かったです。
誰がどんな偶然で渋柿が甘くなることを発見したのでしょうか......
鯖街道もそうです。
若狭湾から京都まで、鯖に塩をまぶして、一晩寝ずに歩き続けます。
そして京都につくときに「ちょうどよい」味になっている!
コンニャクもしかり。
そういうアナログ的偶然に大きな価値を感じます。

フジ

2011.Nov.10
カテゴリー: 日々の出来事

111107_fuji.jpg信州中野でリンゴの木のオーナーになっています。
今年も無事に収穫の日を迎えました。豊作です。
年によって採れたり採れなかったりします。それは気候などの外的要因だけでないそうです。
フジはお利口だから、毎年120%頑張ってしまうようなことはしません。ちゃんと自分でコントロールして実をつけるのです。大人です!
フジのそんな姿がとても頼りがいがあるように見えます。

宮古島で

2011.Nov.08
カテゴリー: 音楽について

111103_miyako.jpg宮古島から戻りました。

信州の風景や人の営みとはまったくかけ離れた南国ムード!
あまりにもワイルドなサトウキビ畑に心を奪われてしまいました。

会場となるイタリアンレストラン「ドンコリーノ」に着くと、すぐリハーサルをはじめました。シェフの望月さんと私たち、お互い遠く離れてそれぞれに磨きをかけてきたものが、そこで一気に放出しはじめ、見えない火花がスパーク!
そのままの勢いで本番終了までなだれ込みました。

シェフのお料理からは、彼自身から溢れ出る鋭くとがった気迫とは正反対のイメージの、深い優しさを感じました。いつまでも心に残る、暖かい味です。

私は味覚が鈍感すぎて、料理を感覚でしか捉えられませんが、共演したクラリネットの小平真司さんは味覚過敏。シェフの料理が一般的な料理と違う理由は、全ての素材がひとつになっているからだと教えてくれました。
なるほど、それは「調和」ということかと理解しました。
料理でも音楽でも、何事においても最終的には「調和」なのだなあ、と痛感しました。

信州に戻って、そういった視点からさらに磨きをかけねばと、自分に誓いました。