軽井沢便り:クラシック・ギタリスト斎藤明子のブログ「軽井沢便り」

軽井沢便り

クリスマスとお正月のはざまで

2011.Dec.27
カテゴリー: 日々の出来事

日本の12月26日から30日は微妙ですね。毎年本当に苦しみます。極端な洋から極端な和に頭を切り替えることは容易ではありません。
演奏会も、25日以降はクリスマス関係のものは演奏してほしくない、というムード。かといってニューイヤー的雰囲気もだめ。というわけで、何事もなくニュートラルな5日間でなくてはいけないのです。
とはいえ、準備は前もって同時進行でやるので、11月、12月は頭の中はめちゃくちゃです。
色々なお仕事の方が、同じような悩みをお持ちなのだろうなと思うと、本当に日本は不思議な文化になってしまったと感じます。

クリスマスシーズン

2011.Dec.19
カテゴリー: 音楽について

111224_xmas.jpgクリスマスシーズン中続く演奏会の初日でした。クラシックの奏者3人にエレキベースを加えた編成。自分の守備範囲を大幅に越えたレパートリーで、今までにないクリスマス!たまには慣れないことに挑戦するのも意外な発見がありワクワクしますね。

クリスマスオーナメント

2011.Dec.16
カテゴリー: 日々の出来事

111216_snow.jpg朝車にのると、こんな素敵な模様が。天然の、そしてすぐに消えてしまう、クリスマスオーナメントです。

命の重さ

2011.Dec.13
カテゴリー: 日々の出来事

昨日、尊敬する小学校の先生をしていらっしゃる方のお話をききました。

今の日本は平和だといわれるけれど、本当にそうなのか。
戦争中は、一般的に人の命が軽く見られていたと考えられるが、明日生きていられるかどうかもわからなかった一人ひとりにとっては、きっと命はとても重いものだっただろう。
それに比べ、今の日本は、人の命や人権がとても重く扱われているようでいて、一人ひとりはどこまで自分や他人の命の重さを理解しているのだろうか。むしろ命というものを軽くしか感じ取れなくなっているとしか思えない。そんな状態が本当の平和なのか。
こどもたちが今、そういう社会を生きていることを自分はいつも忘れない。

といった、深いお話でした。

今、こどもたちに、大人は何を伝え、何を見せて生きていくのか。そこで常に、ご自分自身に本気の勝負をしかけている先生。私もそこから目をそらさずに生きていきたいと思いました。

東京モーターショー

2011.Dec.08
カテゴリー: 日々の出来事

東京モーターショーに行きました。
外車のブースでは、自由な発想でデザインされた車に目を奪われました。
スーパーのはす向かいでメルセデスを売っているし、夏にはありとあらゆる外車をそこらじゅうで見ることができる軽井沢ですが、それだけで外車を語ってはいけないとつくづく思いました。
国産車にも未来的なデザインのものなどありましたが、かっこよさというよりは生活しやすさを念頭においたデザインだったように感じました。
そんな中でマツダは異彩を放っていました。侍がそのまま車になったような、日本を美しくアピールしたデザインでした。無駄なく切り出された曲面からは、むしろ直線的な動きを感じました。ガルウィングのような派手な仕掛けはありませんが、車というもののかっこよさは充分に表現されていました。
意外な場所で、日本の文化の魅力を見せつけられました。

レコーディングエンジニア、杉本一家さん

2011.Dec.08
カテゴリー: 音楽について

尊敬するレコーディングエンジニア、杉本一家さんが、軽井沢大賀ホールでお仕事中ということで、お目にかかりにいきました。
録音という行為はとても奥が深いものです。まるで鏡をのぞくように、自分のそのときの全てが写りこんでいきます。
そのときの鏡のクオリティーは、奏者というよりもむしろチームの他のメンバー、つまりディレクターやエンジニアによって決まってきます。
杉本さんが作る鏡は私にとって最高のものです。
本の少しのゆがみもなく、正確に、しかも私の奥の奥まで大切に写し出してくれるのです。
そこまでくると、もはやどんな形容詞を使ってもやりとりできない内容となります。
「これかな?」「違うね」といったyes かnoかの言葉の向こうに、杉本さんの求める確かな世界があります。
その美しさは格別です。

雪の降りはじめるとき

2011.Dec.06
カテゴリー: 日々の出来事

夜外にでると、ちょうど雪が降りだしたところでした。
真っ暗な森を月明かりが照らします。
そこにキラキラと静かに雪が舞い降りてきます。
音のない世界ですが、まるで森を包む壮大なシンフォニーのはじまりのように感じます。

自分さがし

2011.Dec.02
カテゴリー: 音楽について

111202_meeting.jpgグルッポ・エマセネポーのミーティングがありました。
「自分さがし」という言葉もすっかり定着しましたが、今回は、何で自分を探さなければならないのか、どうやったら探しやすいのか、自分を探す人が増えると社会はどう変わるのか、ということを話し合いました。
小さい頃からいつも自分のことしか考えず、ある意味目が覚めてから寝眠ってしまうまで自分さがしが止まらない私は、逆に自分さがしをやめる方法を考えた方がよいかも!

美は真なり 真は美なり、のハードミーティング

2011.Dec.01
カテゴリー: 日々の出来事

美容師、宮崎陽平さんから「美」というものについてうかがいました。質問に質問を繰り返すこと3時間!彼の見る世界は非常に深かったです。

キースの詩に「ギリシャの壺」というものがあります。

' Beauty is truth,
truth beauty,
that is all
Ye know on earth, and all ye need to know.'
美は真なり、真は美なり
それが汝がこの世で知らなければならないすべてのことである。

音楽家のような純粋芸術を志すものですら、この意味を知り実践するのは困難です。
しかし宮崎さんの語る「美」は、私にまさにこの詩を思い起こさせました。
そしてそんな世界を実現させるために編み出された独自の技術のひとつひとつに、驚きを隠せませんでした。

さらに、宮崎さんはその「美」を、あくまでもサロンに来る人の日常生活の中に展開していきたいのだ、とおっしゃいます。
宮崎さんの作る「美」を生活に持ち帰り、日々自分の手でさわって実感するお客様は、「美」を感じながらもいつの間にか「真」を感じさせられてしまう、というわけです。
非日常のフィールドにいる純粋芸術家には、どう逆立ちしてもできないことです。

そして宮崎さんは「自分は恐らくハサミを持つ前からそういう所を見ていたのだろう」と。
生まれながらにして「真」の中に生き、そこから発信していくための技を編み出す人間と、技を磨きながら「真」の世界を求める人間の、格の違いを思い知らされた、ハードミーティングでした。